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2018年11月15日(木)中川寺成身院本堂のそっくりさん? 野洲市円光寺本堂

  • 中川寺成身院本堂に似ている可能性が指摘されている野洲市の円光寺本堂を拝観してきました。

  • (2018年11月16日(金) 午後6時31分18秒 更新)
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中川寺成身院本堂のそっくりさん? 野洲市円光寺本堂

円光寺本堂(重要文化財)。本堂前の九層塔(重要文化財)は相輪が失われているほか、一番上の笠石は別の宝塔から流用したもので、八層目までが本来の笠石だそうです。元は十三重石塔だったのでしょう。

指図に残る中川寺成身院

冨島先生が2年前の講演会で、醍醐寺や称名寺に残る指図を分析したところ、中川寺成身院本堂は五間二面であった可能性があり、その姿は野洲市の円光寺本堂と似ていたかもと指摘されていました。このことは、冨島義幸「推定中川寺成身院指図について」(醍醐寺文化財研究所「研究紀要」21,2006)でも触れられています。その円光寺にようやっと行ってきました。

円光寺本堂は銅板葺の切妻屋根となっており、横から見るとへの字型に前方の庇が長く伸びています。滋賀県百科事典には下記の解説があるようです(円光寺本堂・九重塔の概要を知りたい。 | レファレンス協同データベース)。

外陣境の柱と棟木に1257年(康元2)上棟の刻銘がある。1704年(元禄17)の修理で屋根は入母屋造本瓦葺(いりもやづくりほんがわらぶき)に改造して維持されてきたが、1958年(昭和33)解体修理時の調査で旧形がわかり、神社建築様の切妻造(きりづまづくり)本堂に復原された。平面は12.19m四方の正方形で、柱間数は正面5間、側面6間、中央の2間通りの母屋を内陣とし、その前後の(ひさし)の間を外陣および後陣とした両流造(りょうながれづくり)で、正面に1間の向拝(こうはい)をつける。円柱上に舟肘木(ふなひじき)をおき、妻は母屋の間に扠首(さす)組みとし、この間の長押(なげし)より庇の間の長押が順に低くつき、正面の5間と両側両前端の間は二重長押になって板扉をつりこむ。内外陣境および内陣両脇間境に格子戸をたて、内部は密教寺院の形態をそなえた比較的簡素な建築である。石造九重塔は本堂の前方にあって相輪を欠失している。九重までの現在高は3.73mであるが、この九重目の屋根石も宝塔のもので、八重の屋根石まで本来のものがのこっている。(中略)基礎石は2面が素面で、他の2面には輪郭線をいれて格狭間(こうざま)をほり、そのなかは素面である。塔身は1面に梵字をきざみ、3面にはそれぞれ舟形光背内に蓮華座と仏坐像を彫刻している。(中略)いずれも重要文化財。(成瀬弘明)
真横から見た円光寺本堂。

真横から見た円光寺本堂。への字型に庇が前後に伸びているのが特徴的です。部材の痛み具合に違いがあるのは、過去の修理によるものでしょうか。

境内は公園のようになっており、自由に拝観できます。本堂裏手に回ると一軒の家があり、どうやらそこにご住職がお住いのようでしたので、チャイムを押して本堂を拝観できる日がないか伺うことにしました。するとすぐに奥様(?)が出てこられて、なんと快く本堂の中を見せてくださいました。ご住職は普段は外でお勤めだそうです。

本堂後ろの扉を開けて中を案内してくださいました。

お寺の方が本堂後ろの扉を開けて中を案内してくださいました。

扉が開くと防犯ベルがけたたましく鳴り響きました。お寺の方によると、なんでも近年重要文化財に指定されている阿弥陀如来像(平安時代)が盗難にあったらしく、それ以降防犯にはいっそう気を配っているのだそうです。それもあって中の写真撮影は遠慮してほしいとのことでした。

円光寺本堂内部は内陣と外陣が格子戸で区切られ、密教寺院らしい独特の雰囲気がありました。中川寺成身院本堂も(荘厳はもっときらびやかだったでしょうけども)構造としてはこんな感じだったのかもしれません。庇が低く張り出す礼堂部分には天井板がなく化粧屋根裏となっており、その分外観の印象よりも中の空間はゆったりしています。

光を入れるためお寺の方が前面の扉も二つ開けてくださいましたが、堂内はかなり暗く格子戸の奥にある内陣の様子はあまりよくわかりませんでした。内陣には本尊の秘仏聖観音立像などが安置されているとのことです。これが前面と前面脇の扉を全て開けると、中が明るく照らされ、また違った雰囲気になりそうです。

ちなみに円光寺では、毎年8月の第一土曜日に、秘仏開帳にともなって本堂内部も公開されるそうです。13時からは地域の方が本堂に集まって法要をされるとのこと。なお、翌日曜日の13時には閉張となります。この時には明るい堂内を拝観できるのではないでしょうか。

本堂正面、向拝の下。

本堂正面、向拝の下。本堂内外陣も、向拝の下と同じく天井のない化粧屋根裏となっています。

冨島先生の説では、中川寺成身院は、醍醐寺蔵指図から称名寺に伝わった指図との間に、礼堂部分が前方に一間拡張されたそうです。もしそうだとすると成身院本堂は、最終的には円光寺本堂よりもさらに長く庇が前に伸びていたことになります。前方部分はほとんど水平に近いなだらかな庇だったかもしれません。中川寺成身院が円光寺本堂に似た姿だったとしたら、檜皮葺だったのではないでしょうか。

円光寺本堂正面。

円光寺本堂正面。庇が緩やかに伸びているので、少し離れないと屋根が見えないほどです。

今回は、円光寺本堂の外観だけ見られればいいと考えて、何の問い合わせもせず訪れたにも関わらず、思いがけず中まで見せていただくことができました。しかも特に拝観料も求められませんでした。お忙しいところお相手してくださったお寺の方に感謝いたします。こんな建物が中ノ川町の山中にあった景色を想像して、楽しいひと時を過ごせました。

予想外に中に入れてしまって、実のところすっかり恐縮してしまい、一通り外陣を見た後そそくさと外に出てしまったのですが、あとで調べると、本堂後陣には重要文化財に指定されている阿弥陀如来像なども安置されていたようです。またぜひ機会を見つけてじっくり拝観してみたいと思わせる、とても雰囲気のあるお堂です。

Map.

野洲駅の北、すぐのところにあります。

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