2020年7月3日(金)浄瑠璃寺中尊修理搬出
6月24日から7月3日にかけて、浄瑠璃寺九体阿弥陀仏修理に伴う中尊搬出と、修理の終わった脇仏の搬入が行われました。
- (2020年7月5日(日) 午後11時44分53秒 更新)
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本堂から搬出される中尊像。
中尊搬出は、脇仏の何倍もたいへんそうでした
下動画は、今回の修理搬出の様子です。
去年と一昨年の脇仏搬出搬入は二日で完了しましたが、今年の中尊搬出脇仏搬入は、土日を挟んで、8日間の日程で行われました。中尊の台座は三つの部材に分けて搬出され、光背も中央の二重円光と光脚部から、舟形光背部を三つに分解して取り外し、四分割されて運び出されました。
なお、中尊光背の二重円光部の背面には、寛文8(1668)年の銘が刻字されており、現在の光背はこのときの後補と考えられています。浄瑠璃寺のご住職によれば、寛文6(1666)年に、本堂の屋根が檜皮葺から瓦葺きに変えられているので、それに合わせて光背を新調したのではないかとのことです。
中尊の舟形光背に四体取り付けられている飛天は、それぞれの顔と胴体部分が当初のもので、天衣と腕、足は、明治時代の美術院による修理だそうです。飛天はいずれも体が薄く作られており、当初の光背にあったものだと考えられています。中尊の当初の光背は、平等院阿弥陀如来坐像の光背とよく似たものだったようです。
ただ現在の本堂には、当初の光背を固定した金具など固定具の痕跡が、全く残っていないといいます。これについて、浄瑠璃寺のご住職は、寛文6(1666)年に本堂を瓦葺きにした際、重くなる屋根を支えるため、本堂の構造にもかなり手を入れたようなので、その時、そうした痕跡が失われた可能性があるとおっしゃっていました。
ちなみに、去年搬出され今回修理が終わって搬入されたのは、中尊左脇の脇仏と北側から三体目の脇仏です。去年中尊左脇の脇仏が搬出されたのには、翌年の中尊搬出のために、中尊の周りにスペースを作る目的もあったようです。脇仏の搬入は、中尊搬出の後、7月3日に行われました。
6月25日と26日の中尊搬出については、紡ぐプロジェクトさんが、動画や写真を公開してらっしゃるのでぜひご覧ください。
#京都 #浄瑠璃寺 で国宝九体阿弥陀の中尊が、修理のために運び出されました。お寺の皆さん、美術院の修理技術者さん、文化財を保護する文化庁調査官らの思いや技が詰まった2日間の模様をリポートします。
⚡️ "浄瑠璃寺 国宝・九体阿弥陀(中尊)運び出し作業実況リポート"https://t.co/lorUIgq2TN— 紡ぐ TSUMUGU: Japan Art & Culture (@art_tsumugu) June 26, 2020
上記まとめと動画でも触れられていますが、搬出の際、台座下や光背裏のほこりが、美術院の技術員によって全て回収されていました。持ち帰って剥落片などが混じっていないか調べるそうです。丁寧な仕事に頭が下がります。
6月25日、中尊搬出作業の前に、仏像から魂を抜く発遣の法要が行われました。
6月26日、受付前の狭い通路を慎重に通り抜ける中尊を載せたトラック。
7月3日、午後から雨の予報が出ていたので、作業を急ぐため、脇仏の光背は一体分人力で運ばれました。
7月3日、脇仏搬入で狭い急な坂道を上るため、細心の注意が払われました。
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