下狭川の上垣内にある「城山」を探索しました。
平坦地の間にあった土留めの石垣
下狭川の上垣内の山の中にも「城山」(地番436・437)がある(垣内寛嗣[編]『奈良縣添上郡狭川村是』奈良縣添上郡狭川村、1921-03-06、11頁)というので、見てきました。下からだと民家の中を通る必要があるように思えたので、上から下ったのですが、かなり大変な道のりでした。見学する場合は下から登った方が良いと思います。民家の中を通らなくても入っていける場所はあリました。どちらにしても私有地を通っていくことにはなるので、近くに地域の方がいる場合は断った方が良いと思います。
支尾根の突端(地番437)に三段の平坦地があり、その下はほとんど崖のような急斜面となっていました。畑のためにこんなところを造成するとは思えないので、見張り台のような城があったのかもしれません。各平坦地には山側からの土を留める小さな石垣がありました。
谷底にも「城山」という場所(地番436)があり、そこにも石垣がありましたが、段々畑か何かの跡のようにも見えました。
山城と思われる一帯は荒れた竹林となっており、踏査が難しい状況でした。GPSログと現地の目測メモから縄張り図を作成しました。竹をかき分けうろうろしたためか、現地ではこれほどの広さがあるようには思われませんでした。
下狭川村実測全図(明治22)
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