Follow Us.

2014年2月23日(日)弥勒の辻・弥勒磨崖仏

  • 弥勒の辻・弥勒磨崖仏は笠置寺の弥勒磨崖仏を模したものと言われています。

  • (2015年5月15日(金) 午後3時5分5秒 更新)
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
    BuzzurlにブックマークBuzzurlにブックマーク
弥勒の辻・弥勒磨崖仏

焼失した笠置寺の弥勒磨崖仏と同じく如来形です。

「足の神さん」

かつて弥勒の辻は、西のわらい仏から上ってきた道、東の笠置へ向かう道、北へ岩船寺の裏手を超えていく道、南の法用へ向かう道、これら四つの道が交わる場所に位置していました。その昔、「足の神さん」と言われ、道を行く旅人が健脚を祈ったとも伝えられています。そのころ弥勒様の前には、たくさんのま新しいわらじや杖などが供えられていたそうです。(西村正子編「加茂の昔話」ふるさと案内・かも p52)

この明治時代の地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成したものです。現在の車道はなく、同じ四つ辻でも、道が少しちがっていたようです。

弥勒磨崖仏の左右に銘文があり、右に「願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道」、左に「文永十一年甲戌二月五日為慈父上生永清造之????大工末行」(1274年)と刻まれているようです(山本寛二郎「南山城の石仏 上」p31)。

「永清」という人物が、亡くなった父親が弥勒菩薩のいるという兜率天へ生まれ変わる(上生)ことを願って、「石大工猪末行(いのすえゆき)」に彫らせたものとわかります。猪末行(いのすえゆき)は後にわらい仏を造立したことでも知られます。

弥勒の辻

わらい仏から上ってくる道が車道と合流するあたりに位置しています。

かろうじてお姿が見えます。

頭部のあたりが風化してわかりにくくなっていますが、まだかろうじてお姿が見えます(2015年1月撮影)。

Map.

更新情報

Recent Entries.

RSS

Calendar.

Twitter.

このページのトップへ