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2017年4月17日(月)80年代半ばの中ノ川・牛塚

  • ツイッターで中ノ川出身の方に80年代半ばごろの写真を見せていただきました。

  • (2017年4月27日(木) 午後0時40分32秒 更新)
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中ノ川バス停の辻堂。お堂の向きが今と異なっていたことがわかります。

ツイッターのご縁で昔の写真を見せていただけました

ツイッターでフォローしてくださっている竹田忍さんは、中ノ川出身なのだそうです。以前から、まだ首があった頃の牛塚の写真があるはずなので探してみたいとおっしゃっていたのですが、先日その写真が見つかったとのことで、さっそくツイッターで写真を見せてくださいました。

@mirokunomichi 遅くなりましたが、大掃除をしていると中の川の写真が見つかりました。いつか分かりませんが、1987年頃と思います。なお、火の玉のようなものが写っていますが、現像の際に付いたようで、ゾッとしたのを覚えています。 pic.twitter.com/n7x6PcDDKL— 竹田 忍 (@stravinsky1959) 2017年4月17日

@mirokunomichipic.twitter.com/ilGz4GVIpj— 竹田 忍 (@stravinsky1959) 2017年4月17日

@mirokunomichipic.twitter.com/7b7SxVVEta— 竹田 忍 (@stravinsky1959) 2017年4月17日

@mirokunomichi お地蔵さんの向きが今とは違うのが分かっていただけると思います。 pic.twitter.com/j8kHA1vXBt— 竹田 忍 (@stravinsky1959) 2017年4月17日

@mirokunomichipic.twitter.com/oPmD2DVSL8— 竹田 忍 (@stravinsky1959) 2017年4月17日

地元の方ならではの写真でとても興味深いです。少し補正してみた画像が下画像になります。

確かに首があります。この首は江戸時代の後補だそうです。この当時、石龕が今よりかなり傾いていたようです。まわりに藪が生い茂っていて、現在の方が整備されている印象です。

かつてあった首なし地蔵の首。身体と首の雰囲気が、少しちぐはぐなかんじはしますね。身体の方は室町時代ごろの作とのことで、流麗な衣紋が美しいです。このあと阪神大震災もありましたし、地震の揺れか何かで、首が谷の方へ転げ落ちてしまったのかもしれません。盗難の可能性も心配です。

木津川市では九層塔と記録されている牛塚十三重石塔。この当時は九層だったようです。ただ傍にもう一層笠石が落ちています。なぜ木津川市(当時は木津町)が九層塔としたのか謎です。

現在は県道の方を向いている辻堂地蔵石仏。この写真では中ノ川の集落へ入っていく小道の方を向いています。

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© 弥勒の道プロジェクト (CC BY 4.0)


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