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2016年5月1日(日)毎月第一日曜、応現寺「木造不空羂索観音坐像」が公開!

  • 毎月第一日曜に東鳴川応現寺の木造不空羂索観音坐像(重文)が公開されます。

  • (2016年4月30日(土) 午前3時2分48秒 更新)
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応現寺までのコース

応現寺までは歩いても意外と近いです。

応現寺までは歩いて行けます! 青山住宅バス停から4.1km、般若寺からは5.9km

笠置街道中川越道の整備が進んだことで、奈良坂から東鳴川の応現寺まで、車の多い車道を通らず山道をたどって行けるようになりました。奈良市市街地から応現寺までは意外と近く、青山住宅バス停から4.1km、般若寺からは5.9km、興福寺からでも9kmほどです。

この道は「浄瑠璃寺の春」で堀辰雄が歩いた道でもあります。あまり健脚のイメージがない堀辰雄でさえ、わずか2時間あまりで、奈良ホテルから浄瑠璃寺までたどりついたようです。それも奥さんと連れ立っての道行きでした。当時と比べ道が荒れていますが、それでも奈良坂からなら2時間少しで、浄瑠璃寺あるいは応現寺まで行けると思います。応現寺へは中ノ川と東鳴川の境界あたりから赤田川を遡ります。

OpenStreetMap には道が描かれていますので参考にしてください。


大きな地図を表示

奈良坂から応現寺までには、いがいせ道の道標牛塚・首なし地蔵護摩石などがあります。

応現寺から当尾は意外と近いので、帰りは岩船寺へ回るのもおすすめです(冒頭画像の青丸線)。岩船寺からは木津川市のコミュニティバスが一時間に一本出ています。体力に余裕があれば、さらに石仏の道を歩いて浄瑠璃寺へ。そこからバスで帰るのもよし、赤門坂を下って来た道へ戻るもよし。帰りは下りが多いので、歩いても行きより楽じゃないかと思います。

南都焼き討ちで焼失する前の南円堂不空羂索観音坐像を写した像

応現寺で毎月第一日曜に公開されている不空羂索観音坐像は、興福寺南円堂不空羂索観音坐像の模像とみられ、かつて東鳴川にあった善根寺ゆかりの仏像と考えられています。興福寺南円堂不空羂索観音坐像は、藤原摂関家に関わりの深い仏像として尊崇をあつめ、平安後期、特に12世紀前半に、多くの模像が造られました。応現寺の不空羂索観音坐像もそのひとつです。このころ鳴川善根寺は興福寺一乗院の祈願所となっており、本像が伝わったことと何か関係があるかもしれません。台座と敷茄子は別の仏像からの流用らしく、この仏像が元あった寺院には、他にも多くの仏像が存在していたのでしょう。(参考:東京国立博物館研究誌「MUSEUM」第388号 1983/07 山本勉「奈良・応現寺不空羂索観音菩薩坐像」)

南都焼き討ちで焼失する前の南円堂不空羂索観音坐像を写した像

応現寺で配布されている解説ペーパー。

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