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2014年11月4日(火)【動画】中ノ川〜梵字のある岩〜芳山二尊石仏〜芳山〜地獄谷〜鶯の滝〜中ノ川

  • ぐるっと一周回ってみました。この道も古くからある道です。

  • (2014年12月15日(月) 午後6時6分16秒 更新)
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今回たどった道のほとんどが明治時代の地図に載っています(赤線部分)。この地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成したものです。

一周11キロほどでした

中ノ川から芳山を登って、地獄谷に下り、鶯の滝を経て、中ノ川へ戻ってきました。11キロほどでした。案外短かったです。昔の人なら、平気で日常的に歩いたことでしょう。


動画で見る全行程(ノーカット版)

5:20 梵字のある岩
21:28 鹿害対策の柵にある扉を開けて芳山に向かう
31:45 芳山二尊石仏へ下りる扉
33:30 芳山二尊石仏
38:35 芳山山頂
43:10 芳山南峰山頂
1:04:10 地獄谷石窟仏
1:14:15 首切地蔵
1:19:10 春日山石窟仏
1:36:20 鶯の滝
1:44:20 興福寺別院歓喜天
1:50:10 鶯の滝と中ノ川の間にある扉


16倍表示版

梵字のある岩

キリークという阿弥陀様を意味する梵字だそうです。梵字のある面は、ほぼ正確に北を向いています。この付近には石を切り出した跡がいたるところにあります。

梵字のある岩

この梵字以外何も彫られていません。

芳山二尊石仏

奈良時代後期の石仏と言われています。三角柱状の岩の二面に仏様が彫られています。

芳山二尊石仏

周りを石垣で囲われており、付近には瓦が落ちています。

地獄谷石窟仏

奈良時代後期の作。おそらく石を切り出してできた洞穴に、仏を刻んだものでしょう。聖(ひじり)が住んでいたという伝承があり、聖人窟とも呼ばれたそうです。

地獄谷石窟仏

鮮やかな色が残っています。この彩色も奈良時代後期のものなのでしょうか?

春日山石窟仏

平安時代の石窟仏です。線彫りではなく立体的に彫られています。

鶯の滝

動画では広角なので小さく見えますが、実際にはもう少し迫力がある滝です。

鶯の滝

谷中に滝の音が響いていました。

歓喜天

こちらのブログ記事「jp3pzd's photo diary:興福寺別院歓喜天の建物が撤去 - livedoor Blog(ブログ)」によると、2010年に建物の屋根が崩れて、その後建物が撤去されたようです。動画では「台風で」と言ってしまった気がしますが、何で崩れたのか少し検索しただけでは確認できませんでした。

歓喜天にある鐘楼。

歓喜天にある鐘楼。前回来たときにはなかった気がする梵鐘が設置されています。こちらのブログ記事「奈良の寺社: 興福寺別院「歓禅院」」によると、ここにあった梵鐘は国宝に指定されていて、興福寺が保管しているとのことですから、この梵鐘はそれとは別物だと思います。

大正時代の略地図にも描かれている鶯の滝から中ノ川への道

大正7年(1918)に作成された「奈良市街全圖:實地踏測」には、鶯の滝から中ノ川への道もしっかり描かれています。当時は主要道と見なされていたんですね。驚きです。

奈良市街全圖:實地踏測(1918・大正7)

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